甘味は舌の先、苦味は奥、酸味と塩味は両脇。学校で習った「舌の味覚地図」は、今では誤りとされています。味を感じる細胞は舌全体に分布していて、どの場所でも基本の味すべてを感じ取れる、というのが現在の理解です。
この誤りの犯人としてよく名指しされるのが、1942年にハーバード大学の心理学者エドウィン・ボーリングが書いた本です。1901年のドイツ語の論文を英語で紹介する際、彼が作った図が誤解のもとになった、という話。ところが実際にその本を開いてみると、話が違います。
載っているのは、折れ線グラフ1枚だけ
452ページにあるのは、舌の区分け図ではなく、感度の折れ線グラフが1枚だけ。しかもボーリングは図の説明に「感度は閾値の逆数で、最大感度を1とする比率で描いた」と、手続きを正直に明記しています。本文でも「少なくとも4つの生理過程があることを示す。ただし4つしかないことを示したわけではない」と、慎重な留保をつけていました。つまり誤訳でも捏造でもなく、目盛りのない比率のグラフが独り歩きした、というのが実態のようです。
もっと驚くのは、同じ452ページに、味覚地図を否定する実験データが並んで印刷されていることです。1891年、地図が生まれる10年前の研究で、舌の味乳頭125個を1つずつ調べた結果が載っています。甘・酸・苦のすべてに反応した乳頭が60個。そして苦味だけに反応した乳頭は、ゼロ個でした。反証は、最初から同じページにあったんです。
元の論文には、塩味の線がそもそも無い
原典である1901年のドイツ語論文にも面白い事実があります。研究者は舌のふちに沿って甘・酸・苦・塩の閾値を測定したのですが、塩味は「どの部位でもほぼ同じ」だったため、グラフから外しているんです。データが存在しないのに、教科書の地図には堂々と「塩味=舌の横」の区画が生えていました。
では地図は完全な嘘かというと、そこも単純ではありません。1974年の研究では、どの部位でも4つの味すべてを感じられることが確認された一方、部位ごとの感度差そのものは統計的に存在することも示されています。しかも苦味の閾値は舌の奥より先端のほうが低い、つまり地図とは逆向きの結果でした。2014年にうま味を加えて測り直した研究では、甘味・酸味・塩味に前後差はなく、苦味とうま味だけが舌の奥でわずかに強く感じられたそうです。地図はほぼ間違いですが、「どこでも完全に同じ」もまた、正確ではないようです。
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参考にした情報源: pmc.ncbi.nlm.nih.gov


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