2014年、ハーバード大学の研究チームが片頭痛の患者66人を対象に、ちょっと意地の悪い実験をしました。発作のたびに薬を飲んでもらうのですが、薬とラベルの組み合わせを入れ替えるのです。
本物の片頭痛薬に「偽薬」と書いたラベルを貼って飲んでもらうと、痛みは36.1%減りました。偽薬に本物の薬の名前を書いて飲んでもらうと、24.6%減りました。この二つの差は、統計的には有意ではありませんでした。ラベルの書き換えだけで、本物と偽物の差がほとんど埋まってしまったことになります。
ではラベルがすべてなら、正直に「これは偽薬です」と言って渡したら効果はゼロになるはずです。ところが同じ研究の中で、偽薬に「偽薬」と正しく表示して飲んでもらった場合、痛みは14.5%減っていました。何も飲まなかった場合は、痛みは平均15.4%悪化していたのに、です。
「これは砂糖の錠剤です」と言われて飲む治療
患者に偽薬だと明かしたうえで処方する方法は、オープンラベル・プラセボと呼ばれます。2010年、過敏性腸症候群の患者80人を対象にした試験で、瓶のラベルにも「プラセボ錠」と書かれた偽薬を渡された群は、何もしない群より症状の改善が大きく出ました。十分な症状緩和を報告した人は59%対35%です。
2016年にリスボンで行われた慢性腰痛の試験のほうが、私には印象に残りました。数字ではなく人の話です。試験のあと参加者に聞き取りをしたところ、偽薬を渡された30人のうち21人が「懐疑的だった」または「少し懐疑的だった」と答えています。信じていた人は9人しかいません。それでも痛みは28%、日常生活の障害度は29%改善していました。そして試験が終わったとき、17人が「あの偽薬を処方してもらえないか」と申し出たそうです。
ただし、効くのは「本人の申告」だけ
ここまでなら気持ちのいい話で終われるのですが、2025年に出た最新のまとめが冷や水を浴びせます。60件のランダム化比較試験、のべ4554人を統合した解析です。
自己申告のアウトカム、つまり本人が「痛みが減った」「楽になった」と答える指標では、効果量0.39という中程度の効果が出ました。ところが客観的に測る指標では0.09で、統計的に有意な差がありません。この二つの差自体が有意でした。
提唱者であるカプチュク自身が、医学誌でこう書いています。プラセボ効果が症状の現れ方を超えて根底の病態を変えるという証拠はほとんどない、と。そして具体的に、プラセボ効果は腫瘍を縮小させないし、マラリアや高コレステロールの患者が利益を得る見込みは低い、と線を引いています。この分野の研究はすべて、標準治療をやめて偽薬に置き換えたものではなく、標準治療に上乗せする設計です。腰痛の試験では参加者の87%が試験前の週に鎮痛薬を飲んでいました。
もうひとつの反転。効いているのは錠剤ではないかもしれない
同じ2025年の解析には、もっと居心地の悪い数字があります。渡すときの説明の仕方で分けた分析です。
「プラセボ効果は強力です」「厳密な臨床試験で効果が示されています」といった、示唆性の高い説明を添えた試験群では効果量0.38。一方、淡々と「これは偽薬です」と伝えるだけの説明だった8件では0.11で、有意差がありませんでした。つまり、熱心に売り込んだときだけ効いている可能性があります。効いているのは錠剤ではなく、語りのほうかもしれない。生命倫理の研究者からは、オープンラベル・プラセボは欺瞞をなくしたのではなく、より巧妙にしただけだという批判も出ています。
日本には「偽薬メーカー」が実在する
最後に日本の話を。滋賀県大津市に、2014年設立のプラセボ製薬という会社が実在します。企画・販売しているのは偽薬です。スローガンは「人の為 ニセモノだから できること」。主力製品の原材料は還元麦芽糖67%、結晶セルロース30%ほかで、分類は医薬品ではなく食品です。
感心したのは同社の説明資料の正直さで、還元麦芽糖は大量に摂るとお腹が緩くなる、とちゃんと書いてあります。偽薬にも副作用があるのです。そして用途の整理として、プラセボ効果による治療は研究段階のため現時点では非推奨、と自社ではっきり書いています。
ちなみに、日本人の慢性腰痛患者52人を対象にした追試が2020年に愛知医科大学などから報告されていますが、3週間後も12週間後も、上乗せ群と通常治療群のあいだに有意な差は出ませんでした。2021年のメタ分析の結論も「現時点の研究の蓄積は、まだ臨床的な推奨を許すものではない」です。おもしろい現象であることは確かですが、まだ誰も治療法だとは言っていません。
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参考にした情報源: journals.plos.org


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