クールエイド、粉末のまま売られていた

歴史・文化

1927年、子供たちが水と砂糖を混ぜて「自分で作る」ことを楽しんだ、あの鮮やかな色の粉末飲料。それが、クールエイドの始まりでした。

ネブラスカ州ハスティングスにあるハスティングス博物館では、このアメリカの夏の風物詩とも言えるクールエイドの歩みを辿る特別展「Kool-Aid: Discover the Dream」が開催されています。展示フロアの半分をこの飲み物に捧げるほど、博物館はこの発明を称えているのです。

ハスティングス出身のエドウィン・パーキンスが、自宅で手軽に作れるようにと考案したクールエイド。はじめは瓶入りの液体濃縮飲料「Fruit Smack」でしたが、瓶が重く割れやすかったため、1927年に液体を抜いて粉末にし、「Kool-Ade」(のちに「Kool-Aid」)と名づけ直したのです。その名の通り、子供たちが夢を「発見」するような手作り体験を提供していました。チェリー、グレープ、レモンライムといった多様なフレーバー、そして記憶に残る広告キャンペーンは、クールエイドをアメリカ文化に深く根差したアイコンへと押し上げたのです。

そもそも、1926年に設立されたハスティングス博物館が、なぜクールエイドにこれほどのスペースを割くのでしょうか。それは、この発明が、単なる飲み物の登場に留まらず、アメリカの家庭文化、特に子供たちの夏の思い出に深く刻み込まれた、一つの「夢」の具現化だったからに他なりません。

粉末のまま、家庭で魔法のように色とりどりの飲み物が生まれる体験。その原点が、今もネブラスカの地で静かに語り継がれているのです。


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参考にした情報源: atlasobscura.com

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