やめたほうがいいと分かっているのに、ここまで注ぎ込んだのだからと続けてしまう。これをコンコルドの誤謬、あるいはコンコルド効果と呼びます。ではこの言葉、誰が作ったのでしょうか。経済学者でも心理学者でもありません。ジガバチを観察していた生物学者、リチャード・ドーキンスです。
初出は1976年、ネイチャーに載った短い論文でした。同じ年に出た『利己的な遺伝子』にも、実業家はコンコルドにこれだけ投資したから今さらやめられないなどと言うべきではなく、今後それが引き合うかどうかを問うべきだ、という趣旨の一節があります。
そしてハチは、誤謬を犯していた
1980年、ドーキンスは共同研究者とともに「ジガバチはコンコルドの誤謬を犯すか」という論文を発表します。巣を共有してしまった2匹のメスが争う場面を23回観察したものです。
結果は、彼にとって都合の悪いものでした。争いの長さは、巣に蓄えられた獲物の総数ではなく、負けたほうのハチが自分で運び込んだ数と最も強く相関していたのです。つまりハチは、巣にどれだけの価値があるかではなく、自分が過去にどれだけ投資したかで撤退の時期を決めていました。論文の中には、これは紛れもないコンコルド主義だ、という一文があります。
論文の後半は、まるごと弁明にあてられています。ハチには巣の中の獲物を数える能力がない。だとすれば自分が運んだ数は、巣の本当の価値を推し量るために使える唯一の手がかりであり、誤謬どころか有効な経験則になる、というわけです。さらに、総量に比例して戦うという「賢い経済学者」戦略も、全員がそれをやると同時に降参して時間を浪費するため進化的に安定ではない、とも示しています。
そしてタイトルの直下には、こう注が付いています。誤謬とは理論上の誤りであり、理論上の誤りを犯すのは人間である、と。自分の作った言葉に反例を突きつけられた著者が、あらかじめ予防線を張ったかたちです。
この論争には一応の決着がついています。1999年に出た総説は、下等動物にコンコルドの誤謬の明確な事例は一つも存在しないと結論しました。しかもこの論文によれば、幼い子どものほうが大人より規範的に正しく振る舞います。無駄にするな、というルールを覚えて過剰に当てはめてしまうのは、大人の人間だけなのです。
では、名前を冠されたコンコルドはどうだったのか
開発費のほうは、たしかに悲惨でした。1962年の当初見積もりは7000万ポンド。同じ年のうちに1億5000万に、1964年には約3億に膨らみ、最終的には15億から21億ポンドに達しました。当初の20倍から30倍です。しかも締結前に英国財務省は政府にプラスの財務リターンは一切ないと警告し、独立審査委員会も直接的な経済的成果はまずあり得ないと結論していました。それでも進めた理由の一つは、英国のEEC加盟交渉を有利にすることでした。条約署名の2か月後、ド・ゴールは英国の加盟に拒否権を発動しています。
ところが、その先に意外な話があります。1982年、ブリティッシュ・エアウェイズはコンコルドを独立採算の部門にしました。担当になった2人の機長が乗客を調べたところ、常連客の多くは、自分が実際より高い運賃を払っていると思い込んでいたのです。そこで彼らは、乗客が払っていると思っている額を請求することにしました。
結果、コンコルド部門は黒字化します。同社のコンコルドは20年間で5億ポンドを超える利益を上げ、好調な時期には年間3000万から5000万ポンドの営業利益を計上していました。開発費は永久に戻ってきません。でも、その過去を計算に入れずに前だけを見れば、この飛行機はちゃんと商売になっていたわけです。ちなみに黒字化できたのは英国側で、エールフランスは末期に損失を出していたと伝えられます。
なお2000年7月、パリ近郊で離陸中のエールフランス機が墜落し、乗員乗客109名と地上にいた4名の計113名が亡くなりました。事故調査の最終報告書は、直前に離陸した別の機体から落ちた金属片をタイヤが踏んだことを起点とする一連の過程を推定原因とし、この事故は就航中の事象を深く分析しても予見可能ではなかったと明記しています。退役が決まったのは2003年で、事故後の乗客減、9.11後のビジネス需要の落ち込みに加え、交換部品の供給が打ち切られ多額の整備投資が必要になったことが理由でした。機体そのものは2014年頃まで飛行を続けられると確認されていました。
サンクコストの誤謬が教えているのは、続けるな、ということではないのだと思います。過去を計算に入れるな、ということです。巣の中の獲物を数えられなかったジガバチが、自分が運んだ数を数えていたように。
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参考にした情報源: nature.com


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