ディズニーが失ったウサギが、大阪で見つかった

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ミッキーマウスの前に、ウォルト・ディズニーには別の看板キャラクターがいました。「しあわせウサギのオズワルド」。1927年、ウォルトとアブ・アイワークスが生み出したウサギです。よく売れ、グッズにもなり、当時の人気キャラと肩を並べました。

ところが1928年、すべてを失います。オズワルドの権利を持っていたのは、ウォルトではなく配給元のユニバーサルでした。契約更新の交渉に出向いたウォルトは、予算を上げてほしいと頼みます。返ってきたのは逆の提案でした。予算を2割下げろ、飲まないならこちらで作る、と。しかも相手はすでに、ディズニーのアニメーターを裏で引き抜いていました。ウォルトは条件を蹴り、1928年3月13日、手ぶらでニューヨークを発ちます。その道中、兄に打った電報が残っています。「心配するな 全部大丈夫だ」。

列車の中でミッキーを、は伝説

この帰りの列車でミッキーを思いついた——という話は有名ですが、じつは後年の脚色と見られています。ウォルト自身が繰り返し語ったものの、内容が食い違うためです。確かなのは、ウサギを失ってから8か月後の1928年11月18日、『蒸気船ウィリー』が公開されたこと。ミッキーの耳は、オズワルドの耳を丸くした形でした。

オチは、それから78年後につきます。2006年、ディズニーはユニバーサルとの取引でオズワルドを取り戻しました。差し出したのは、人気スポーツ実況者の契約解放など。交渉を頼まれた側の第一声が、なんとも味わい深いんです。「オズワルド・ザ・ラッキー・ラビットって、誰だ? 何だ?」

もうひとつ、日本の読者にはこんな後日談も。長らく失われたとされたオズワルドの1本が、2018年に日本で見つかりました。持っていたのはアニメ研究家の渡辺泰さん。高校生のころ大阪の玩具問屋で、およそ500円で買った16ミリフィルムでした。缶に書かれていた題名は「ミッキー漫画 スピード」。ミッキーではなく、ミッキーが生まれる前のウサギだったわけです。


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参考にした情報源: en.wikipedia.org

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