ロゼッタストーンを解読したのは一人ではない。鍵を作った男と、錠を開けた男

歴史・文化

ロゼッタストーンのヒエログリフを解読したのはシャンポリオン。そう習った方が多いと思います。間違いではありませんが、その手前には、もう一人の名前があります。

まず石そのものの話から。1799年7月、ナポレオンのエジプト遠征中に発見されました。ただし大英博物館の公式ブログは、発見の記録は「今となってはかなり曖昧」だと明言しています。最も広く受け入れられている話では、砦の工事をしていた兵士たちが偶然掘り当て、現場指揮官だったブシャール中尉がその重要性に気づいた、という経緯です。

当時の第一報がまた味わい深いんです。フランス側の公式紙は、真ん中に刻まれたデモティック文字を「シリア語と思われる文字」と誤認し、ギリシャ語から読み取った王の名前も、実際のプトレマイオス5世ではなく4世と取り違えていました。世界を変えることになる石の第一報が、この精度だったわけです。

「鍵を見つけた男」トマス・ヤング

解読の基礎を築いたのは、イギリスのトマス・ヤング。光の波動説で知られる、あの物理学者です。1814年から研究を始め、誰も気づいていなかったデモティック文字とヒエログリフの字形の類似を発見し、デモティックがヒエログリフの崩し字であることを見抜きます。さらに決定的だったのが、1815年の書簡に書いた一言。デモティックの解読の秘密を問われて、彼はこう答えました。「そんなアルファベットは存在したことがない」。つまり表音記号と表意記号の混合だと見抜いていたのです。

ただしヤングには限界がありました。デモティックが混合文字だと分かっていながら、ヒエログリフ本体については「表音要素は外国人名の枠の中だけ」という当時の通念を捨てられなかったのです。

そして錠が開いた

その壁を越えたのがシャンポリオンでした。彼はロゼッタストーンのヒエログリフ記号を1419個数え、対応するギリシャ語がわずか486語しかないことに気づきます。これだけの記号数が486語の内容しか表さないはずがない。つまり表音要素が混じっている、という論証でした。

1822年9月14日、彼はある王名の枠を読み解きます。太陽円盤はコプト語で「ラ」、末尾の記号は既知の「ス」。ラメセスです。ラメセスもトトメスもギリシャ支配以前の純エジプト人の王ですから、表音表記は外国人名専用ではなかったことになります。このとき「分かったぞ」と叫んで気絶したという有名な逸話がありますが、大英博物館の学芸員自身が「話によれば」という枕詞つきで書いており、一次資料の裏付けは確認されていません。

200年後、同じ大きさの肖像画で両国が怒った

二人の間には激しい優先権争いがありました。ヤングは著書の副題に「著者の原アルファベット、シャンポリオン氏によって拡張されたるもの」と挑発的に付し、シャンポリオンは「私は自分のもの以外のいかなる原アルファベットも認めない」と激怒しています。

ただし晩年の二人は和解していました。1828年の夏、パリを訪れたヤングに対し、シャンポリオンは7時間つきっきりでルーヴルの収蔵品を案内し、自分のデモティック資料をすべて自由に使わせています。ヤングは「彼は私が誰に対しても示したことがないほどの厚意を示してくれた」と書き残し、遺著となった辞書でシャンポリオンに謝辞を記しました。

現在の学術的な評価を、元大英博物館の学芸員はこう表現しています。「ヤングはアルファベットの一部、つまり鍵を発見した。だがシャンポリオンは言語まるごとの錠を開けた」。

最後にひとつ。1972年、ダシエ書簡150周年を記念して、石が1ヶ月だけパリのルーヴルに貸し出されました。展示にはヤングとシャンポリオンの肖像画が並べられます。フランス人の来場者は「シャンポリオンの肖像が小さすぎる」と苦情を言い、イギリス人の来場者は「ヤングのほうが小さい」と苦情を言ったそうです。実際には、2枚はまったく同じ大きさでした。


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参考にした情報源: britishmuseum.org

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