シリコーンパテは、147ドルが1億4000万ドルになった玩具だった

社会・ビジネス

第二次世界大戦中、日本が東南アジアを占領したことで、アメリカは天然ゴムの供給源の大半を失いました。政府の戦時生産局は各企業に合成ゴムの代替品開発を求め、ゼネラル・エレクトリック社もその一つでした。1943年、同社コネチカット州の研究所で技術者ジェームズ・ライトさんが、ホウ酸とシリコーンオイルを混ぜてみたところ、天然ゴムよりよく跳ねる、奇妙な物質ができあがりました。

ただし、この物質はゴムの代役にはなりませんでした。熱を加えると形を保てず、恒久的な形に成形することもできない。GE社は世界中の科学者にサンプルを送って使い道を探しましたが、これといった実用的な用途は見つからないまま、数年が過ぎていきます。

借金147ドルが、玩具になった

転機は1949年、ニューヘイブンでおもちゃ店を営むルース・ファルガターさんが、この物質を「跳ねるパテ」として通販カタログに載せたことでした。協力していたマーケティング担当のピーター・ホジソンさんは、当時1万2千ドルもの借金を抱えていたにもかかわらず、147ドルを借りてGE社から在庫と製造権を確保。1950年のイースターに合わせ、卵形のプラスチック容器に詰めて「Silly Putty」という名前で売り出しました。同年8月、ニューヨーカー誌に紹介されたのをきっかけに注文が殺到し、あっという間に25万個が売れたといいます。ホジソンさんが1976年に亡くなったとき、その資産は推定1億4000万ドルにのぼっていました。147ドルの借金が、最終的に90万倍以上になった計算です。

「アポロ8号に搭載された」は、確認できなかった

Silly Puttyにまつわる話の中でも特に有名なのが、「1968年のアポロ8号に搭載され、無重力下で工具を固定するのに使われた」という逸話です。TIME誌をはじめ数多くのメディアで語られていますが、今回改めて確認したところ、NASA自身の公式記録や、当時の同時代の新聞報道、宇宙飛行士本人の証言などでは裏付けが見つかりませんでした。広く語り継がれている話ではあるものの、出どころをたどると一般書籍止まりで、確かな一次資料には行き着かない話のようです。

ちなみに、当時の新聞インクは石油系だったため、Silly Puttyを新聞漫画に押し付けると絵をきれいに写し取れる、という遊び方も人気でした(今の大豆油インクにはあまり効きません)。発売から70年以上、累計3億個以上が売れているといいます。


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参考にした情報源: crayola.com

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