1799年、オーストラリアから送られてきた奇妙な動物の標本を前に、大英博物館の博物学者ジョージ・ショーさんは頭を抱えていました。アヒルのくちばしに、ビーバーのような体。本人の記載文には「動物の真正性に疑いを抱かず、その構造に何らかの欺瞞の技巧が施されたのではと推測せずにいることは不可能」とまで書かれています。翌年の著書でも「私はほとんど自分自身の目の証言さえ疑った」と告白しているほどです。
当時は、猿の上半身に魚の尾を縫い付けた「人魚のミイラ」のような偽標本が実際に出回っていた時代。「ショーがハサミで縫い目を探した跡が標本に残っている」という有名な逸話もありますが、実はこちらは一次資料の裏付けがなく、標本を所蔵するロンドン自然史博物館自身が「言い伝えによれば」という断り付きで紹介しています。そしてショーさんは、疑いながらも結局この動物を本物として記載しました。「科学界が偽物と断定した」というのは、少し盛られた語られ方のようです。
本物だと分かっても、論争は終わらなかった
1802年に精密な解剖で実在は確定しましたが、今度は「哺乳類なのか」「卵を産むのか」という論争が始まり、これがなんと80年以上続きます。決着は1884年。イギリスの若き研究者ウィリアム・コールドウェルさんがクイーンズランドの川辺でついに産卵直後の個体を確認し、電報を打ちました。文面はわずか4語、「Monotremes oviparous, ovum meroblastic(単孔類は卵生、卵は部分割)」。この電報はカナダ・モントリオールで開かれていた英国科学振興協会の会合で読み上げられ、1799年の記載から85年かかった論争が、ようやく幕を閉じたんです。しかも偶然にも同じ日、南半球のアデレードでは別の研究者が独立にハリモグラの卵を披露していました。
答えは、最初からそこにあった
ただ、この話には続きがあります。オーストラリアの先住民の人々は、カモノハシが卵を産むことを昔から知っていて、初期の入植者たちにも伝えていました。入植者からの目撃報告も届いていたのに、遠いヨーロッパの科学界は身内の確認しか受け入れなかった、と歴史研究では指摘されています。コールドウェルさん自身、論文の中で「この人々の助けなしには成功の見込みはほとんどなかった」と、調査を支えた150人を超える先住民への恩を認めています。
ちなみに、偽物の証拠と疑われたあのくちばし。実は約4万個の電気受容器が並ぶ高性能センサーで、カモノハシは水中で目も耳も閉じたまま、獲物の筋肉が発するかすかな電場だけで狩りをしていることが、1986年になって分かりました。一番怪しまれた部品こそ、一番すごい部品だったわけです。
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参考にした情報源: mammaldiversity.org


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