パリ西郊のブローニュ=ビヤンクール。地下鉄9号線のマルセル・サンバ駅を降りてすぐの美術館に、少し不思議な絵が掛かっています。裕福そうな男性の肖像画。でも、よく見ると左手だけが描きかけのまま、塗り残されているんです。
描いたのは、アール・デコを代表する画家タマラ・ド・レンピッカ。1928年の作品です。その左手には、本来なら結婚指輪がはまるはずでした。じつは彼女、この絵を描いていたのが、ちょうど夫と離婚へ向かっていた時期。指輪の指を、わざと空白のまま残したと伝えられています。作者自身が皮肉を込めて「未完の男の肖像」と名付けました。銀色の摩天楼を背にした、冷たく美しい一枚です。
キリスト像の作者の、名を継ぐ場所
この絵があるのは「30年代美術館(Musée des Années 30)」。1939年に生まれ、二つの大戦にはさまれた時代の絵画や彫刻、家具を集めた郊外の小さな館です。絵画だけで約800点、彫刻は1500点あまり。派手さはないけれど、戦間期のパリの空気が静かに残っています。ちなみにレンピッカのこの絵、持ち主は市内の名門ポンピドゥーセンター。それが郊外のこの館へ貸し出され、ひっそり展示されているんです。
建物の名前にも、隠れた縁があります。この一帯は「エスパス・ランドフスキ」。彫刻家ポール・ランドフスキにちなみます。彼こそ、ブラジルのリオを見下ろす、あの両手を広げた巨大なキリスト像を手がけた人。世界一有名な彫刻の作者の名を冠した場所で、指輪の指だけを欠いた絵と向き合う。パリの中心から少し外れた、静かな寄り道です。
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参考にした情報源: atlasobscura.com


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