「指の関節を鳴らすと関節炎になる」。子どもの頃に言われた人は多いかもしれません。この言い伝えを確かめるため、自分の左手だけを50年間鳴らし続けた医師がいます。アメリカのドナルド・アンガー医師です。
きっかけは、少年時代に母や叔母たちから、そして後には義母からも、指を鳴らすと関節炎になると告げられたことでした。彼は左手の指関節だけを1日2回以上鳴らし、右手はほとんど鳴らさずに対照としました。50年間で左手を鳴らした回数は、少なくとも36,500回。結果は、どちらの手にも関節炎はなく、両手に明らかな差もありませんでした。
論文の誌面が、まるごと大喜利だった
この実験は1998年、医学誌アーサライティス・アンド・リウマチズムに投稿されました。面白いのは、この論文そのものです。冒頭で「様々な高名な権威者たち」に指導されたと書き、その権威者として母・叔母たち・義母を挙げ、義母には学術論文の作法どおり「私信」と注釈をつけています。締めくくりの一文はこうです。「この結果は、ホウレンソウを食べることの重要性など、他の親の教えもまた誤りではないかという疑問を提起する。さらなる調査が必要と思われる」。利益相反の欄には「本研究は完全に著者の自費で行われ、政府・製薬企業からの助成は一切受けていない」とあります。
さらに愉快なのが、これに返答した医師です。1975年に同じテーマを調べていたスウィージー医師が誌面で応じ、ランド研究所の統計学者による査読パロディを掲載しました。曰く「盲検化は研究者が左右の区別がつかない場合にのみ可能」「人種や社会経済状態、測定時のエクアドルの気圧などを統制する多変量解析が望ましい」。しかもスウィージー医師の1975年の論文は、当時12歳だった息子の指鳴らしを祖母が心配したことがきっかけだったと明かしています。
アンガー医師は2009年、イグノーベル医学賞を受賞します。受賞理由は「60年以上にわたり毎日、左手の指関節を熱心に鳴らし続け、右手は決して鳴らさないことによって、指の関節炎の潜在的原因を調査した」こと。論文発表後も11年鳴らし続けていたわけです。受賞スピーチで彼は天を仰ぎ、「母さん、聞こえてるでしょう。母さん、あなたは間違っていた」と宣言しました。
大規模な研究でも、関節炎とは関係なかった
もちろん、たった1人の実験では証拠として弱すぎます。ただ、より大きな研究も同じ方向を示しています。2011年、50歳から89歳の215人を対象に手のX線写真で比較した研究では、関節炎の有病率は指を鳴らす人が18.1%、鳴らさない人が21.5%で、統計的な差はありませんでした。この研究は喫煙の「パックイヤー」をもじった「クラックイヤー」という単位まで発明して曝露量を計算していますが、量と関節炎の関係も見つかっていません。ただし、関節炎とは別に、握力の低下や手の腫れとの関連を報告した1990年の研究が1件あります。因果関係は示されておらず、その後の研究では再現されていません。
肝心の「音の正体」は、まだ決着していない
意外なのは、あのポキッという音の正体が今も論争中だということです。1971年以来、関節液の中にできた気泡が潰れる音だとされてきました。ところが2015年、カナダの研究チームがMRIで撮影したところ、音は気泡が「潰れる」ときではなく「できる」瞬間に鳴っており、気泡は音の後も残っていました。ちなみにこの実験、被験者は全部の指を自在に鳴らせる共著者ただ1人で、チームは自ら「指を引っ張ってごらん研究」と呼んでいたそうです。ところが2018年、数理モデルによる研究が「気泡が部分的に潰れるだけで観測と同じ音が出て、しかも気泡は残る」と示し、崩壊説を支持しました。1947年から数えて、もう80年近く続いている論争です。
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参考にした情報源: jabfm.org


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