最初のスパムに、名前がつくまで15年かかった

テクノロジー

1978年5月、コンピュータ会社DECのマーケティング担当ゲイリー・サークさんが、当時のネットワークARPANETの利用者に一斉メールを送りました。新型機の説明会の案内です。宛先は西海岸の利用者ほぼ全員、およそ400人。これが商用の一斉送信としては最初の記録とされています。

ところが、その一通は届く前から壊れていました。当時のメールソフトが宛先欄に入れられたのは320件まで。あふれた宛先は、本文の中に流れ込んでしまったんです。受け取った人は、広告文にたどり着く前に、延々と続く他人のアドレスをスクロールする羽目になりました。しかも本文は全部大文字でした。

怒られた理由が、広告ではなかった

反応は早く、翌日には国防通信局のARPANET管理部門長から返信が届きます。「ARPANETは米政府の公務専用であり、これは著しい規約違反である」。当時のネットワークは、そもそも商売の場ではなかったんですね。

面白いのは、抗議した人の中にリチャード・ストールマンさんがいたことです。のちに自由なソフトウェア運動を率いる人物ですが、彼が書いたのは「広告を送るな」ではありませんでした。「用件が何であれ、こんなに長いヘッダのメッセージを送ることは許されない」。史上初のスパムへの苦情のひとつは、内容ではなく形式への怒りだったわけです。

そして、この時点では「スパム」という言葉はまだありません。語源はイギリスのコント番組で、迷惑な投稿の意味で定着したのは1990年代。名前が追いついたのは、事件から15年ほど経ってからでした。

ちなみにサークさんは後年、自分をこう呼んでいます。「スパムの父ではなく、Eメール・マーケティングの父だ」。ついでに言えば、あの一通で1200万ドル以上売れたとも語っています。


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参考にした情報源: en.wikipedia.org

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