「ピアノは歌わない」——誕生日の歌を80年守った権利が崩れた一言

エンタメ・カルチャー

2013年、ある映画製作者が「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」という歌そのものを題材にしたドキュメンタリーを撮ろうとしました。すると、その歌を作品内で使うために1500ドルの使用料を請求されます。誕生日の歌についての映画を作るのに、誕生日の歌の使用料を払う。この理不尽さが、80年続いた権利ビジネスを終わらせる訴訟の始まりでした。

この歌の旋律は、19世紀末に幼稚園教育に携わっていたヒル姉妹が作ったものです。妹のミルドレッドが曲を、姉のパティが詞を書き、1893年に登録された歌集に「Good Morning to All」として収録されました。この旋律の著作権は1949年に満了しています。ところが「Happy Birthday」の歌詞のほうは、この歌集には載っていません。歌詞の全文が確認できる最も古い記録は1911年の別の本で、しかも作者のクレジットがありませんでした。

1935年、クレイトン・F・サミー社が著作権を登録します。1988年にはワーナー・チャペル・ミュージックが権利を含む会社を買収し(買収額は報道では2500万ドル、売主は後に1500万ドルだったと述べています)、以後、年間200万ドル近い使用料を集め続けました。映画やドラマで誕生日パーティーの場面なのに別の歌を歌っているのは、この使用料を避けるためです。

ぼやけていた1行

訴訟で有名になったのが、1枚のぼやけたページです。証拠開示の期限が終わって1年後の2015年7月、ワーナー側が「誤って」提出していなかったという約200ページの資料を追加提出しました。その中に1927年の歌集のPDFがあり、問題の曲が載ったページの、曲名のすぐ下の1行だけが判読できないほど潰れていたのです。原告側は申立書にこう書きました。「PDF全体で、そのように潰れているのはこの1行だけである」。原本を取り寄せて確認すると、そこにはサミー社の許可を得た旨が記されており、しかもこの曲だけ著作権表示がありませんでした。

ところが、これは決め手ではなかった

劇的な発見ですが、判決文を読むと、裁判所はこの点について原告の主張を退けています。ヒル姉妹がサミー社に歌詞の掲載を許可する権限を与えていた直接の証拠がない、という理由でした。

本当の決め手は、もっと地味で、もっと根本的なところにありました。そもそもヒル姉妹からサミー社へ、歌詞の権利が譲渡された記録が一切存在しないのです。1935年の登録も、申請書には「ピアノ独奏用の編曲」とあり、新規部分の著作者はサミー社の社員でした。判事はこれを5語で切り捨てます。「当然ながら、ピアノは歌わない」。

さらに効いたのが、80年前の沈黙でした。1934年、ヒル家の三女がブロードウェイの劇の製作者を訴えたことがあります。ただしそのとき彼女が主張したのは旋律の侵害だけで、歌詞については一言も権利を主張していませんでした。

2015年9月22日の判決は「ワーナーは歌詞の有効な著作権を持たない」というもので、実は「パブリックドメイン」とまでは言っていません。この歌が正式にパブリックドメインと宣言されたのは、ワーナーが1400万ドルを支払う和解が成立し、2016年6月末に裁判所が最終承認したときでした。ちなみにヨーロッパでは、パティ・ヒルの没年から70年を数えて2016年末まで権利が存続しており、アメリカで自由になった後も1年ほど有料だったそうです。


関連記事


参考にした情報源: dockets.justia.com

コメント

タイトルとURLをコピーしました