鏡が反転させているのは、左右ではなく前後だった

科学

鏡を見ると、左右が逆になっているように感じます。でも実は、鏡が反転させているのは左右ではありません。鏡面に対して垂直な奥行き方向、つまり前後だけです。右手を上げれば、鏡の中の人物も、あなたから見て同じ側の手を上げています。逆転しているのは、あなたに近づいてくる方向と遠ざかっていく方向だけ。これは物理学的には争いのない、確定した事実です。

では、なぜ「左右」に感じるのか。ここは決着していない

それなのに、なぜ私たちは鏡像を「左右が逆」だと感じてしまうのでしょうか。最も広く語られる説明は、頭の中で鏡の裏側に回り込み、鏡の中の人物と向き合ったところを想像するから、というものです。その想像上の回転を、垂直な軸を中心に行うため、結果として左右だけが入れ替わって見える、という理屈です。ただし、これは唯一の定説というわけではありません。知覚の段階と、後から意味づけする認知の段階を分けて考える説、鏡像を「人と正面から向き合う経験」と比較しているとする説、物体と鏡の向きの組み合わせによって複数の異なる仕組みが働くとする説など、複数の理論が今も並び立っています。この問いを扱った専門誌の論文は、1950年代から現在に至るまで、70年以上にわたって発表され続けています。

「鏡の疑問」は、ノーベル賞につながった

数学者・科学ライターのマーティン・ガードナーは、1964年の著書『両手系の宇宙』で、この素朴な疑問を入り口に、分子の立体構造や、自然界の物理法則そのものが鏡映に対して対称かどうか、という大きなテーマへと話を広げていきます。その答えは、1956年から翌年にかけて実験で示されました。物理学者の呉健雄さんらが、放射性同位体コバルト60の崩壊を使った実験で、自然界の力の一つが、鏡に映すと現実とは違う法則に従うことを実証したんです。この発見の理論を先に唱えていた2人の物理学者はノーベル賞を受賞しましたが、実験を成功させた呉健雄さん自身は受賞しませんでした。

ちなみに救急車の前面に鏡文字で書かれた文字は、前を走る車がバックミラー越しに見たとき、正しく読めるようにするための工夫です。バスルームの鏡のちょっとした疑問が、たどっていくと、20世紀物理学屈指の発見に行き着くわけです。


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参考にした情報源: feynmanlectures.caltech.edu

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