乳母の墓、喧騒の脇で静かに眠る

歴史・文化

ムガル帝国第5代皇帝で、タージ・マハルを建てたことで知られるシャー・ジャハーン。その乳母が眠る壮麗な墓が、今日、歴史の教科書にもあまり登場せず、賑やかな大通りと鉄道のすぐそばに、静かに佇んでいます。

そこにあるのは、ラホールのダイ・アンガ廟。もともとは、ペルシア出身の貴族ミルザ・スルタン・ベグが遊興のために造った庭園「グラビ・バーグ」で、それが後に、シャー・ジャハーンの乳母ダイ・アンガ(本名ゼブ・ウン・ニサ)の霊廟へと転用されたものです。ダイ・アンガの夫は、ジャハーンギール帝の時代にビーカーネールの長官を務めたムラード・ハーンという人物でした。

もともと、1655年に造られたのは、縦横約185メートルの広大な庭園への入り口となる門(グラビ・バーグ・ゲートウェイ)でした。そして1671年、その庭園の中心に、ダイ・アンガの霊廟が建設されました。霊廟は、中心の部屋を囲む8つの部屋を持つ長方形の構造で、抬壇の上に建てられています。フレスコ画で装飾されたドームがありますが、ダイ・アンガの遺骨は地下の霊廟に安置されており、現在は公開されていません。

ダイ・アンガは、単なる乳母ではありませんでした。裕福で影響力のある宮廷人であり、ラホールには彼女の名を冠したモスクも建立されています。その墓所もまた、花柄や鮮やかなターコイズブルーが特徴的な「カシ・カリ」と呼ばれるモザイクタイル装飾が施され、当時としては華やかなものでした。

しかし、時を経て、庭園の面影は失われ、霊廟と門の間に細い帯状の庭が残るのみ。さらに2016年には、ラホール・メトロのオレンジラインの建設ルートがこの遺跡のすぐそばを通ることが問題となり、遺跡保護への懸念が高裁やUNESCOからも示されました。

喧騒とした現代の都市の中に、かつての栄華を静かに物語るダイ・アンガ廟。その存在は、偉大な歴史の影に隠れた、もう一つの物語を教えてくれます。


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参考にした情報源: atlasobscura.com

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