「ガラスは流れる液体」説、実測したら10億年で1ナノメートルだった

科学

ヨーロッパの古い教会を訪ねると、ガイドがこんな話をすることがあります。「この窓ガラス、下のほうが厚いでしょう。ガラスは実はゆっくり流れる液体で、何百年もかけて重力で垂れてきた証拠なんです」。この説明、1966年版のブリタニカ百科事典や材料科学の教科書にまで載っていたことがある、由緒正しい俗説です。でも、間違いです。

古い窓の下が厚い本当の理由は、製法にあります。中世の板ガラスは、溶けたガラスを回転させて円盤状に広げるか、円筒に吹いてから切り開いて平らにするかして作られており、そもそも厚さが均一になりません。厚さにムラのある板を窓にはめるとき、職人は安定するように厚い側を下にすることが多かった、というだけの話です。実際、厚い側が上や横になっている古い窓も見つかっており、「流れた」説ではこちらを説明できません。

800年で垂れるには、414度に熱する必要がある

決定打を放ったのは、ブラジルの材料科学者エドガー・ザノットさんです。20年間、学生や同僚から「教会のガラスは流れているんですよね?」と聞かれ続けたザノットさんは、1998年、ついに計算して論文にしました。結果、典型的な中世のガラスが800年間で目に見えるほど流れるには、約414℃に熱し続ける必要があると判明。室温で流れるのを待つ場合の時間は、宇宙の年齢をはるかに超える桁になりました。論文の結論は明快です。「中世および現代の窓ガラスは、人間の時間スケールでは室温で流れ得ない」。

とどめは2017年、ガラスメーカーのコーニング社などの研究チームが、ウェストミンスター寺院の1268年のガラスの組成で室温の粘性を実測した研究です。中世のガラスは現代のものより流れやすい組成だったにもかかわらず、計算された最大の流動は、10億年でおよそ1ナノメートル。髪の毛の太さの10万分の1です。

俗説は否定された、でも「本物の謎」は残っている

では、ガラスはただの固体なのかというと、話はそう単純でもありません。ガラスは結晶構造を持たない「非晶質固体」と呼ばれる状態で、そもそも「ガラスとは何か」という理論的な理解、いわゆるガラス転移の問題は、ノーベル物理学賞受賞者のフィリップ・アンダーソンが「固体物理学で最も深遠かつ興味深い未解決問題」と呼んだ、正真正銘の現役の謎です。2013年には、スマートフォンのゴリラガラスが室温でもごくわずかに構造を変え続けていることが実測されてもいます(ただしこれは寸法がサブナノメートル級で変わる「緩和」であって、重力で垂れる「流動」ではありません)。教会の窓の俗説は否定されましたが、ガラスの謎そのものは、今も本物のようです。


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参考にした情報源: pubs.aip.org

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