フィレンツェのボーボリ庭園。メディチ家が築いたこの広大な庭園には、神話の神々や英雄をかたどった彫刻が点在しています。そんな荘厳な像たちにまじって、ひときわ目を引く小さな噴水があります。ぽっちゃりとした裸の男が、のっそりとした亀の背中にまたがっているのです。
この像のモデルは、神でも英雄でもありません。16世紀、コジモ1世・デ・メディチに仕えた宮廷道化師、ピエトロ・バルビーノその人です。「モルガンテ」の愛称で親しまれた彼は、小柄でふくよかな体型でした。彫刻家ヴァレリオ・チョーリが1560年ごろ、その姿を酒神バッカスになぞらえて彫り上げ、「バッキーノ(小さなバッカス)」と名づけられました。
なぜ道化師が、わざわざ像に? 伝えられるところでは、バルビーノの死を悼んだ主人が、彼を忘れないために制作を命じたのだといいます。1572年にはこの像に水が引かれ、噴水になりました。笑いを生む役目だった一人の道化師が、こうして庭園の片隅で、何百年も水を浴びながら人々を見つめ続けているのです。
きらびやかな神話の像にまじって、亀の上でくつろぐ道化師。それは、権力や栄光とは少し違う、誰かを悼む気持ちが、そっとかたちになったものなのかもしれません。
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