英軍艦、米艦に砲撃「脱走兵」口実の事件

歴史・文化

1807年6月22日、アメリカ沿岸からたった10マイル沖で、イギリス海軍の軍艦HMSレオパード号が、アメリカ海軍のフリゲート艦USSチェサピーク号に一方的に砲撃を仕掛けました。この突然の攻撃で、アメリカ側で3名が死亡、18名が負傷するという悲劇が起きたんです。

レオパード号が掲げた口実は、「チェサピーク号の乗組員の中にイギリス海軍から脱走した者がいる」というものでした。しかし、これは国際法上、認められる行為ではありません。令状なしに拿捕・捜索を試みるなんて、アメリカの主権をあからさまに侵害する行為でした。

チェサピーク号は戦闘準備ができておらず、武装も十分ではありませんでした。そのため、レオパード号の砲撃に為す術なく、船体は木っ端みじんに。この事件はアメリカ国内で激しい怒りを呼び、「許しがたい冒涜だ」と国務長官ジェームズ・マディソンも非難しました。

当時のアメリカ大統領トーマス・ジェファーソンは、イギリス軍艦の入港を禁止する「人民保護令」を発令。イギリス経済に打撃を与える狙いでしたが、皮肉にもアメリカ経済にも深刻な影響を与えることになったんです。

イギリス側は最終的に「艦長の独断だった」と艦長を更迭しましたが、アメリカが求めた十分な謝罪や賠償には応じませんでした。この出来事は、後の1812年の米英戦争の火種の一つになっていくんです。

ちなみに、HMSレオパード号は全長44.6メートル。当時としては立派な軍艦ですが、USSチェサピーク号がまともに応戦できなかったことを考えると、その差は歴然としていました。

英軍艦、米フリゲートに攻撃 (1807)
画像: Wikipedia「War of 1812」より

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