1995年、インドのパンジャブ州で、人権活動家ジャスワント・シン・カルラが突如として姿を消した。彼の失踪は、その後の調査によって、パンジャブ警察による大規模な人権侵害の実態を明らかにする、世界を震撼させる事件へと繋がっていく。
カルラは、パンジャブ州で政府と対立していたシク教過激派の活動が沈静化した後も、警察による超法規的処刑や強制失踪が続いていたことに疑問を抱いていた。特に、公式な記録から抹消され、火葬されていたとされる無数の遺体に着目。彼は、自らの手でその闇を暴こうと、銀行のディレクターの職にありながら、人権調査に打ち込んだ。
その調査の果てに、カルラが掴んだとされる情報とは、パンジャブ警察が「テロリスト」と見なした人々を殺害した後、その遺体を公的な記録に残さず、不法に火葬していたという驚愕の事実だった。彼がアムリトサル県の火葬場で実際に記録できたのは6,000件あまり。それをパンジャブ州全体に当てはめて、およそ25,000件に及ぶとカルラは推計した。さらに彼は、超法規的処刑への加担を拒んだために逆に命を奪われた警察官が約2,000人にのぼる、とも告発していたとされる。ただしこの数字は彼自身の主張であり、火葬の件数ほど独立した裏付けはない。
カルラの活動は、アムネスティ・インターナショナルなどの国際的な人権団体からも注目を集めた。しかし、1995年9月、彼はパンジャブ州アムリトサル近郊で誘拐され、殺害された。この事件は、パンジャブ州における軍事紛争期間中に起きた、国家権力による人権侵害の暗部を象徴するものとなった。享年42〜43歳であったとされる。
彼の死後、事件はインド国内で大きな波紋を呼び、6人のパンジャブ警察官が逮捕され、有罪判決を受けた。カルラの遺した記録と、彼の命を懸けた調査は、説明責任と正義を求める闘いの炎を、今も燃やし続けている。

ジャスワント・シン・カルラが示した、沈黙を破って真実を追求する勇気は、現代においても、権力による不正義と戦う者たちの道標となっている。
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参考にした情報源: en.wikipedia.org


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